ミランダカメラ
日本初のペンタダハプリズム付き一眼レフカメラ1955(昭和30)
製造元:ミランダ株式会社(写真はOrion Camera Co.の刻印のある試作機)
総発売元:松島写真用品株式会社(株式会社ミカミの前身)
 
三神誠社長が療養中の昭和28年5月、オリオン精機産業有限会社社長の荻原彰氏より新型カメラの開発。製造の提案があった。 そのカメラは、ペンタプリズム式一眼レフカメラであり、完成すれば、日本で初めてのペンタプリズム式一眼レフカメラの誕生となる。
荻原氏は大手カメラ問屋に設計図を見せ、製品化への協力を要請したが軒並み断られたのち、最後に訪れたのが、銀座に店を構えた有名カメラ店であり、販売だけでなく、修理や改造もしていて社長がカメラマニアでもある三神の店だった。 三神は、「今は二眼レフが主流だが一眼レフがそれに変わるのはそう先の事ではないはず。」と予感し、設計図だけの新型カメラにすっかり惚れ込み、「何とか製品化し、うちの店で売りたい」と決心した。
資金援助や開発状況の打ち合わせのなか、日本で初めてのペンタプリズム式一眼レフカメラが誕生しようとしていた。
新製品の宣伝をはじめると日本中から予約が殺到した。 「ミランダ」とはスペイン語系の女性の名前である。ミランダは昭和30年に発売され定価は5万7千円(大学出のサラリーマンの初任給が1万円前後)。
ニコンがペンタプリズム式一眼レフの開発に着手したのが昭和30年前後ということであるから「ミランダ」がいかに早かったがわかる。